研究背景
脂肪組織は、大きく白色脂肪組織と褐色脂肪組織の2種類に分類されます。白色脂肪組織は、主に皮下や内臓に分布してエネルギー貯蔵の場として機能しています。白色脂肪細胞には、ミトコンドリアはわずかしか含まれていません。一方、褐色脂肪組織は主に鎖骨や背骨の周辺に分布し、ミトコンドリアを多く含み、エネルギーを消費して熱を産生する役割を担っています。約20年前から、「白色脂肪組織=生体内最大の内分泌臓器」であると認識されるようになり、その機能や分泌する生理活性物質(アディポカイン)について、現在も盛んに研究が進められています。
長期の摂取カロリーの制限(CR)は、代謝を改善し、老化にともなう生理学的・病理学的変化を抑制し、寿命を延伸するといわれています。CRの分子メカニズムとして、成長ホルモン(GH)やGHにより誘導されるインスリン様成長因子1(IGF-1)の抑制が重要であることがわかっています。GHやIGF-1は骨格筋や骨の維持に重要なため、中・高年のヒトにGHやIGF-1を抑制するような介入は適当ではありません。我々はCRのGH/IGF-1シグナル非依存的なメカニズムに注目して研究しています。その結果、白色脂肪組織でのSREBP-1cという脂肪酸合成関連転写因子によるPGC-1αという転写補助因子を介したミトコンドリア生合成の亢進がCRによる有益な効果に重要であることを発見しました。この発見が現在の研究の基礎となっています。
研究内容 カロリー制限や老化、ミトコンドリアに関する研究
前述ようにCRにより白色脂肪組織においてSREBP-1c依存的にミトコンドリア生合成が亢進し、CRによる代謝改善、抗老化・寿命延伸が誘導されました。同時に、SREBP-1c依存的にミトコンドリアに含まれる多くのタンパク質の機能を亢進するSIRT3という脱アセチル化酵素の成熟を促進すること、またこの成熟の促進にMIPEPというミトコンドリアシグナルペプチダーゼの1つが関わっていることを明らかにしました。ミトコンドリアは自身でもDNAを有するエネルギー代謝をはじめとする多岐にわたる機能をもつ細胞内小器官です。ミトコンドリアの品質は、プロテオスタシス(タンパク質恒常性)、生合成、ミトファジー(ミトコンドリアの分解)、ダイナミクス(分裂・融合)により制御されていると考えられています。MIPEPはミトコンドリアプロテオスタシスを制御しています。現在はこれらミトコンドリア品質管理機構に関する研究を推進しています。
研究内容 肥満症モデル動物やオートファジーに関する研究
肥満症の脂肪組織では肥大化した脂肪細胞が増加します。肥大化した脂肪細胞は炎症を誘導するような生理活性物質(サイトカイン)を分泌し、炎症細胞が集まって来ます。我々は肥満症脂肪組織において、がん抑制因子TP53依存的にWWP1というタンパク質が誘導され、脂肪細胞機能障害に対して防御的に働くことを見出しました。現在はWWP1の脂肪細胞機能防御メカニズムを解析しています。また、肥満症の初期病態において、オートファジーは活性化するものの、リソソームに含まれる加水分解酵素であるカテプシン群のアンバランスによるリソソーム機能の障害により、オートファゴソームが蓄積することを明らかにしました。現在は、ミトコンドリア機能とオートファゴソーム蓄積、ミトファジー(ミトコンドリア選択的オートファジー)との関係などを検討しています。また、オートファジーを誘導することが知られているトレハロースが抗酸化能を誘導するメカニズムやタウリンがオートファジーを誘導することを明らかにしました。